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札幌高等裁判所 昭和60年(ラ)32号 決定 1985年10月16日

抗告人

明石孝幸

代理人

駒場豊

被抗告人

株式会社大伸

代表者

塩野修造

第三債務者

北海道国民健康保険団体連合会

代表者理事長

北越栄三

主文

本件差押命令中、抗告人が北海道国民健康保険団体連合会から支払を受けるべき昭和六一年七月一六日以降昭和六二年三月三一日までの抗告人のなすべき診療にかかる国民健康保険法に基づく診療報酬及び公費負担医療費の各債権につき差押えを命じた部分を取り消し、当該部分に対する被抗告人の本件差押命令の申立てを却下する。

その余の本件抗告を棄却する。抗告費用は、これを四分し、その一を抗告人の、その余を被抗告人の、各負担とする。

理由

一抗告人の抗告の趣旨及び理由は別紙のとおりである。

二そこで、まず、抗告の理由一について検討するに、執行債権の不存在又は債務名義の無効などの事由は専ら請求異議の訴え(民事執行法三五条)又は執行文付与に対する異議の申立て(同法三二条)等において争うべきものであつて執行裁判所が民事執行の手続に関して調査・判断すべきものではなく、したがつて、これを執行抗告の事由とすることはできないもので、抗告の理由一は主張自体失当である。

三次に抗告の理由二について検討するに、一件記録によれば、原裁判所は、被抗告人からの債権差押の申立てに基づき昭和六〇年七月一六日、本件差押命令において、債権者を被抗告人、債務者を抗告人、第三債務者を北海道国民健康保険団体連合会として、抗告人が北海道国民健康保険団体連合会から支払を受けるべき昭和六一年四月一日から昭和六二年三月三一日までの抗告人の診療にかかる国民健康保険法に基づく診療報酬及び公費負担医療費の各債権を差し押える旨決定したことが認められる。

ところで、診療担当者である医師の有する国民健康保険団体連合会などの診療報酬等の支払担当機関に対する将来の診療報酬等の債権については、その性質上、特段の事情のない限り、現在既に債権発生の原因が確定し、その発生を確実に予測し得るものとして、差押命令発令の時点からの将来の一年分に限り、差押えの対象とすることができ、これを超える分については差押えの対象とすることができないと解するのが相当である。

したがつて、昭和六〇年七月一六日に発せられた本件差押命令のうち、抗告人が北海道国民健康保険団体連合会から支払を受けるべき昭和六一年七月一六日以降昭和六二年三月三一日までの抗告人のなすべき診療にかかる国民健康保険法に基づく診療報酬及び公費負担医療費の各債権につき差押えを命じた部分は違法として取り消されるべきであるが、その余の部分である昭和六一年四月一日から同年七月一五日までの分である前記各債権につき発せられた本件差押命令は適法である。

四よつて、被抗告人の申立てに基づく本件差押命令のうち、抗告人が北海道国民健康保険団体連合会から支払を受けるべき昭和六一年七月一六日以降昭和六二年三月三一日までの抗告人のなすべき診療にかかる国民健康保険法に基づく診療報酬及び公費負担医療費の各債権につき差押えを命じた部分を取り消して、当該部分の申立ては失当としてこれを却下し、その余の部分の本件差押命令は前記のとおり適法であるから、当該部分に対する本件抗告は理由がないのでこれを棄却すべく、抗告費用の負担につき民事執行法二〇条、民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官奈良次郎 裁判官松原直幹 裁判官中路義彦)

抗告の趣旨

函館地方裁判所が昭和六〇年七月一六日にした債権者を被抗告人、債務者を抗告人、第三債務者を北海道国民健康保険団体連合会とする債権差押命令(以下「本件差押命令」という。)を取り消す。

被抗告人の本件差押命令の申立てを却下する。

抗告の理由

一 本件差押命令の執行債権は元本金一九〇〇万円、利息七八〇八二円、損害金八五四二一四八円であるが、上記元本債権は不存在である。そもそも、その債務名義たる東京法務局所属公証人下門祥人作成昭和五九年第二二〇号債務弁済契約公正証書は無効のものであり、現在、函館地方裁判所昭和五九年(ワ)第二二九号請求異議事件として係属中である。

二 仮に上記理由が認められないとしても、本件差押命令の被差押債権は抗告人の北海道国民健康保険団体連合会に対する将来の診療報酬債権を内容とするものであり、しかも、その債権は抗告人の昭和六一年四月一日から同六二年三月三一日までの診療行為に基づくものである。このような将来の債権は、果たして発生し得るものか否か現時点においては疑問があり、かつ債権として特定し得ないものと言わざるを得ない。なるほど、将来の債権であつても発生し得る蓋然性が高く、かつ、特定し得るものであれば、差押えも認められようが、本件のように一年余も先の抗告人の行為に基づく債権は発生の蓋然性に乏しく、また、特定し得るものでもないので、差押えの対象としては到底許容されるべきものではない。

三 よつて、本件差押命令は違法として取り消され、かつ、被抗告人の本件差押命令の申立ては却下されるべきである。

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